修理の多少や責任所在の配分であり、今の日本では、基準となる慣習もなく、一番難しい仕事である。
だから、大抵の不動産業者は、威勢の良いことを言っても、ここで壁に突き当たり、転倒してしまう。
それほど引っ越しの立会いは難しく、公平に基づく適正が要求される。
苦手な業者は逃げ出してしまう。
僕も、引っ越しの立会いと聞くと、頭が痛くなる。
どうしてかというと、修理精算に対する基準や規定がないからである。
大手業者は作っていると思うかも知れないが、残念ながら、不動産業界では、大手ほどご都合主義で、勝手な商売をやり、勝手なルールでやっている。
リーダーとし理もある。
に明記すると、仕事がこなくなる。
仙人ならいざ知らず、仕事がなくては食っていけない。
だから、異端児に見られないよう、手心を加えているのである。
契約書の内容には、二つある。
入居中の事項と、退去の際の事項である。
僕達が業としている賃貸業は(もっとも、借り手から仲介料をもらっているのだから、賃貸業というのはおかしい。
賃借業とでも言うべきだろうか。
消費者を無視する者は、時代から消える運命にある。
家主の仕事をしていながら、媒介が決まっても、家主からは一円の報酬ももらっていない実情にある)、まず募集して、契約すること。
大事な仕事である。
その次は、入居中の管理を担当すること。
技術的な面と人為的な面があり、トラブル処して自覚もなければ、プライドもない。
かえって、小さい業者ほど、うまくはないが、人間味を出して仕事をしている。
大は粗雑で、小は頑張り屋というところ。
実態だ。
そこで僕は、この不備な状況に不安を抱き、なんとか自己流に「修理規定」を作った。
二年前「じゃ、社長が作ったのですか?」「うん、やむを得ず、ね。
というより、必要に迫られてと言った方が正確かな。
アメリカを視察した時、向こうの業者は厚い契約書を使っていたのだ。
どうして厚いのだ、と聞いたら、条項を細かく記しているし、修理規定もあると言う。
厚さは本にして十センチはあったな。
僕は考えたね。
契約とか修理は、このように厚くなるものなのだってね」「じゃ、英語を訳して作ったのですか?」「まさか。
英文だから持ってこなかったし、読む気もないよ。
どうせ日本の実情にも合わないしね。
自分で考えて、自分で組み立てたのさ。
利用者の保護にもなるし、満足しているよ」の話である。
頭の切れるK嬢は、入社してすぐこの規定を見つけた。
「どうしてですか、社長。
当社には、修理規定があるのですね。
ほんとに」「そうだよ。
入居マニュアルの後半に載っているだろ。
必要だからさ」「大手会社のか何か、まねたのですか?」まさか。
十年の経験を実らせたのさ。
どこの会社を見ても、修理規定はないよ。
本格的な条件のものはね」かなあ」「どうです、社長。
この規定ができて、効果がありましたか」「それじゃ、規定の中身は、社長の血と汗の結晶なのね。
大変だったのでしょう」「そんな大ゲサなものでもないよ。
やっと作った程度だし、これから改良するよ。
法律を作るのは慣れているからね。
二カ月ぐらいで仕上げたよ」「じゃ、日本初の修理規定なのですね」K嬢は、感心したように言った。
「日本初は、いい感じだね。
僕は、日本一をめざして、努力はするからね。
結果はわからないけど、不動産業に入って、金もうけするだけじゃ、面白くもおかしくもないからね」「そう言えば、私が一時勤めていた上場企業でさえ、修理規定という本格的なものは、ありませんでした。
アパマンに入居すれば、退去するわけですから、必要ですよ。
退去の判断の基準が必要ですもの」「そうだよ。
この規定がないと、入居者も納得しないしねえ。
人の顔色を見て精算し、弱い人から多く金をとる、というのでは、おかしいよ。
どこの業者も、あやふやな計算をやっているの「効果か?効果はあるさ。
無言の効果がね」「じゃ、退去者は、充分評価してくれたのですか?」「ねえ、さっぱり。
誰もほめてくれないし、言及もしてくれないよ。
この修理費はどうして引くのだとか、どうしてこの金額になるのだとか、文句を言う人はいなくなったかな。
それだけのことだよ」僕は、期待外れだったので、肩をすぼめた。
「でも、社長、それでいいのですよ。
安心できるものがあるから、納得するのよ。
あるべきものがないと、人は不満を言うわ」「別になぐさめてくれなくてもいいよ。
仕事でやっているのだから。
作品じゃないから、批評はいいけどね。
この規定も、未完成のものだし、世の中変われば、手も加えるさ」「そうですよ。
私も勉強して、女性の立場からお手伝いしますわ。
頑張ってください」「どうもありがとう。
賃貸業は、これから伸びる分野だからね。
消費者をもっと大事にしないと、うまくいかないよ。
世の中は、転回しているよ。
O前研一さんの言う通り、消費者指向の社会だよ「モノの好みは、時代と共に変わっていますね。
宝石は、だんだん大事にされなくなってくるし、いっぱいあるものは、値うちがなくなるのね。
住宅も同じね。
いくら良くても、普通にたくさん建っていると、人気がなくなるのね」「不思議なものだね。
モノはなんでも、あきられるね。
最後は、人間の個性の勝負かな。
人間の個性を生かす為に、私達は、住宅産業で働いているのかも知れないね」時々常識というものは、身勝手なことをする。
常識を条文にしたものが法律であるが、法律も同じことである。
本来なら、社会に奉仕する職業なのに、法律で金もうけの牙城として位置づけたために、金もうけを保証された職業がある。
その良い例が、医者である。
文明が高度に発達すると、法律がのさばり、民主精神をこわしてしまう。
医者、弁護士、会計士など、人の為に働き、人を助けなければならない職業なのに、特権を与えられたとたんに、人々は彼等に奉仕させられてしまう。
僕は、友人の外科医に聞いたことがある。
「どうしてお医者さんは、高い金を患者に要求するのですか?」「コストですね、技術手当ね。
医者になるには大金がかかるし、特殊技能を活用することで高い報酬がもらえるでしょう。
近代医学は、金がかかりますよ」「相手は病人や弱い人でしょう。
医は仁術というじゃないですか。
やさしい心で相手を考える、安くするというわけには、いかないのですかね」「難しいですね。
責任もあるしP利権を守るのは、どの職業も、一緒じゃないですか」わが社が管理しているアパートには、家主がお医者さん、というのは、意外と多い。
どの戦業にも、例外はある。
奉仕を地でゆくお医者さんも多いが、金もうけを地でゆく医者もいる。
手っ取り早いのが、土地を買い、マンションを建て、ローンで返済する人である。
全て借金して、家賃で返済していれば、長年のうちには自分のものになる。
いくつもやる。
いわば、資産自動増殖装置である。
銀行は喜んで、金を貸す。
不動産業者は、まじめに管理してくれる。
だから、彼がやることと言えば、書類に印鑑を押すことぐらいである。
困った時には、物件を売ればよい。
老後には、収入があり、楽に暮らせる。
さて、そのお医者さんであるが、変わっている人が多い。
まじめ過ぎて、偏屈ともいえる。
サニーマートの家主、nさんは、浦安に住むが、思いついたら自分のペースで、どんどん言ってくる。
まるで機関銃である。
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